岡山地方裁判所 昭和57年(ワ)419号 判決 1983年3月25日
原告
古本和美
ほか二名
被告
石川政登
ほか一名
主文
一 被告らは、原告古本和美に対し、連帯して金三九五万五七三六円及び内金三六五万五七三六円に対する被告石川政登については昭和五七年五月三〇日から、被告中国西濃運輸株式会社については同月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告古本正、同古本倫子に対し、連帯して各金一九七万七八六八円及び内各金一八二万七八六八円に対する被告石川政登については昭和五七年五月三〇日から、被告中国西濃運輸株式会社については同月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告らの負担とする。
五 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、連帯して原告古本和美に対し金二四七七万六四三二円及び内金二二五二万六四三二円に対する被告石川政登については昭和五七年五月三〇日から、被告中国西濃運輸株式会社については同月二六日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、連帯して原告古本正、同古本倫子に対し各金一二三八万三二一六円及び内各金一一二六万三二一六円に対する被告石川政登については昭和五七年五月三〇日から、被告中国西濃運輸株式会社については同月二六日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五六年三月二三日午後九時二〇分頃
(二) 場所 岡山市可知二丁目二番一六号先県道上
(三) 加害車 被けん引車付大型貨物自動車(広島一一く六八〇三号)
右運転者 被告石川政登(以下、被告石川という。)
(四) 被害車 自動二輪車(岡山市や八九三三号)
右運転者 古本隆(以下、亡隆という。)
(五) 態様 亡隆は被害車に乗り南から北へ進行中先行車の車体右側に接触してふらつき、折から対向してきた被告石川運転の加害車に巻き込まれた。被告石川はこれに気付き加害車を停止させたが、そのまま加害車を発進させたため、転倒していた亡隆を被けん引車後輪で轢過した。
2 責任原因
(一) 被告中国西濃運輸株式会社(以下、被告会社という。)は、加害車を所有し自己のため運行の用に供していた。
(二) 被告石川は亡隆が先行車に接触して転倒したことを知りながら、加害車の下部の安全を確認することなく加害車を発進させた点において安全運転義務違反の過失がある。
3 損害
(一) 亡隆は本件事故により即死した。
(二) 亡隆の死亡により同人の被つた損害は次のとおりである。
(1) 逸失利益 金四七四五万二八六四円
本件事故当時亡隆は満三三歳(昭和二二年八月一二日出生)の健康な男子で飲食店を経営しており、その収入は男子平均給与を超えていた。従つて同人の逸失利益は三三歳男子平均給与月額金二八万八九〇〇円を基に就労可能年数を三四年としてホフマン方式(係数一九・五五四)により年五分の中間利息を控除して算定すると(但し生活費として三〇パーセントを控除する。)、金四七四五万二八六四円である。
(2) 慰謝料 金一三〇〇万円
(三) 原告古本和美(以下、原告和美という。)は亡隆の妻であり、その余の原告は子である。
(四) 亡隆の葬儀費用として原告和美において金三〇万円を、その余の原告らにおいて各金一五万円を支出した。
(五) 原告和美は金八〇〇万円の、その余の原告らは各金四〇〇万円の損害の填補を受けた。
(六) 原告らは本件訴訟の提起・追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、報酬として、原告和美は金二二五万円、その余の原告らは各金一一二万円を支払うことを約した。
4 よつて原告らは、被告らに対し不法行為による損害賠償として連帯して請求の趣旨記載の各金員及びその内弁護士費用を除いた各金員につき本件訴状送達の日の翌日から支払済みまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をなすことを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 第1項の事実の内(1)ないし(4)は認めるが、(5)は否認する。
2(一) 第2項(一)の事実のうち被告会社が加害車を所有していたことは認めるが、その余は否認する。
(二) 同項(二)の事実は否認する。
3(一) 第3項(一)の事実は知らない。
(二) 同項(二)の事実は否認する。逸失利益の算定にはライプニツツ係数を用い、生活費として三五ないし四〇パーセントを控除すべきである。また慰謝料は金八〇〇万ないし九〇〇万円が相当額である。
(三) 同項(三)の事実は否認する。葬儀費としては金四〇万円が相当である。
4 第4項は争う。
三 抗弁(過失相殺)
1 亡隆は停車中の先行車の右側方を対向車である加害車の来る前に通過できるものと軽信して進行中、加害車が予想以上に早く対向してきたため、あわてて、先行車の後尾につこうとしたが間に合わず同車に追突して転倒したものである。
2 当時、亡隆は左手で手提箱を持ち右手のみで被害車を運転していた。しかも当時、被害車は整備不良のため前後輪の制動装置がほとんど作動しない状態にあつた。
3 当時亡隆はヘルメツトを着用していなかつたが、そのため路上に転倒した際、脳振盪を起こし、加害車の下から逃がれることができなかつたものである。
4 以上のように亡隆の運転行為は自殺行為といつても過言ではない。従つて右先行車と同様の立場にある加害車を運転していた被告石川には過失がないか、仮にあるとしても二〇パーセントが限度である。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。被告の主張は本件事故に先行する亡隆の行為に関するものであつて過失相殺を基礎づけるものではない。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
1 請求原因第1項(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。
2 次に本件事故の態様につき判断するに、成立に争いのない甲第二ないし第二六号証を総合すると、加害車(長さ一八・四八メートル、幅二・四九メートル)を運転して幅五・五メートルの本件道路を南進していた被告石川は、信号待ちのため停止中の数台の対向車との側方間隔に注意しながら時速約二〇キロメートルで進行中、最後部対向車の手前において、自車前方約二一・二メートルの道路右側の中央寄りを対面進行してくる亡隆運転の被害車を発見し、同車が発進途中の対向車と自車との約〇・八メートルの間隙を通過しようとしたので危険を感じ一時停止したが、右サイドミラーにより後方を確認したところ被害車も亡隆も目に入らなかつたため、無事通過したものと考え、そのまま発進した結果、最後部の対向車の後部右側に接触した上、加害車に接触して転倒していた亡隆の腰部を加害車右最後輪で轢過したことが認められる。
二 責任原因
1 本件事故当時被告会社が加害車を所有していたことは当事者間に争いがないから、特に主張立証のない本件においては被告会社においてこれを自己の運行の用に供していたものと推認できる。
2 次に右に判示した事故の態様からして、右方の安全を充分確認しないで加害車を発進させた点において被告石川に過失のあることは明らかである。
三 損害
1 亡隆の死亡
甲第一一、第一六号証によると、亡隆は前示のように加害車に腰部を轢過された結果、当日の午後一一時五五分頃出血性シヨツクにより死亡したことが認められる。
2 亡隆の損害
(一) 甲第二〇号証、成立に争いのない甲第二八号証、原告和美の尋問の結果によると、亡隆は昭和二二年八月一一日出生(満三三歳)の健康な男子であり、昭和五五年七月頃から中華そば店を経営していたこと、亡隆は中学校を卒業した後、右飲食店を経営するまで事務員又は自動車運転手として給料を得ていたことが認められるところ、右各証拠中には本件事故当時の亡隆の収入が一か月金二五万円程度であるとの部分はあるが、右部分はいずれもにわかに採用することはできず、他に亡隆の実収入を認めるに足りる証拠はない。従つて昭和五六年度賃金センサス第一表の全産業計企業規模計男子新中卒者の三三歳の者の平均収入年額金三一七万八〇〇〇円を基に就労可能年数を三四年としてライプニツツ方式(係数一六・一九三)により年五分の中間利息を控除して逸失利益を算定すると(但し、生活費として三〇パーセントを控除する。)、金三六〇二万二九四七円となる。
(二) 慰謝料
前記認定の本件事故の態様、後記認定の亡隆の過失その他本件に顕れた諸般の事情を勘案すると、本件事故により亡隆の被つた精神的損害に対する慰謝料は金五〇〇万円が相当である。
3 相続
原告和美が亡隆の妻であり、その余の原告が亡隆の子であることは成立に争いのない甲第二八号証によりこれを認めることができる。
4 葬儀費用
原告和美の尋問の結果によると、原告らは亡隆の葬儀費用として合計金六〇万円を支出し、これを原告和美において金三〇万円、その余の原告において各一五万円宛負担したことが認められ、右葬儀費用は相当な額と考えられる。
三 抗弁(過失相殺)
甲第二〇号証、原告和美の尋問の結果によると、亡隆は中華そばの出前に行く途中本件事故にあつたこと、当時左手で出前用の手提箱を持ち、右手で被害車を運転していたことが認められ、これらの事実と前示の事故態様を総合すると、亡隆は加害車が対面進行してくるのを知りながら急いでいたため敢えて発進途中の先行車の右側を追い越そうとしたか、あるいは前方を注視していなかつたため加害車が対面進行してくるのに気付かず先行車の右側を前方に出ようとしたか、のいずれかの行為により、ハンドル操作又はブレーキ操作の失敗もあつて前示のように転倒したものと推認できる。従つて亡隆が加害車の下に転倒するに至つたこと自体については亡隆に重大な過失があり、先行車及び加害車の運転者には過失はないというべきである(亡隆は先行車が道路左端に位置していたためその右側を通つて前方に出ようとしたものと考えられるので、先行車の直近で道路中央に寄つたものと推認できる。従つて被告石川が亡隆を発見した時期を特に問題とすることはできない。)。しかし、前示のように被告石川の過失は亡隆の右転倒を前提とした上で、時間的に遅れて要求されるところの右方の安全確認義務違反である。しかも被告石川は亡隆が加害車と先行車との僅か〇・八メートルの間隙を通過しようとしたことに危険を感じて一時停止したものであるから、加害車が長さ一八・四八メートルという大型自動車であることからしても、亡隆において〇・八メートルの間隙を無事通過し得る確率が極めて低い状況にあつたことを認識していたものと推認できる。さらに甲第八ないし第一〇号証、第一六ないし第一八号証によると、加害車に後続していた訴外島本修は、加害車が停止したためこれに続いて停止し、その際加害車の下に亡隆が転倒していることを発見したこと、そこで車を下りて亡隆の所へ行き、亡隆を引き出そうとしたとき加害車が動き出したので運転席の方に向つて大声で呼びかけたが間にあわなかつたこと、また前記先行車の運転者である訴外正岡貞二は自車後部に被害者が接触した音が聞えたので窓を開いて顔を出し右方を確認した際、加害車の下に倒れている亡隆を発見したこと、そして加害車が動き出そうとしたので大声をあげて呼び止めようとしたこと、以上の諸事実が認められるところ、これらの事実によると被告石川が一時停止してから発進するまでには相当の時間があつたものと推認できるので、この点からして被告石川自身、亡隆の転倒事故があつたとの認識を持ち、しばらく茫然自失していたのではないかとの疑問さえ生じる(仮にそのような認識を持たなかつたとすれば、その点において重大な過失がある。)。しかるに被告石川は前示のようにバツクミラーに被害車や亡隆が写つていないことのみを確認してそのまま発進したものであるから、(被害車が無事通過して遠ざかるのを見たというのならばともかく)、被告石川の措置は事故のなかつたことの確認としてもまた事故後の安全確認としても極めて不充分なものであつたというべきである。即ち、被告石川としては加害車が一八・四八メートルという大型車であることから、転倒事故が発生しておれば自車の下に亡隆が転倒していることも充分予測し得たのであるから、窓またはドアを開けて事故のなかつたことを確認するか(仮に被告がこれを行つておれば、少くとも訴外島本や訴外正岡を発見して本件転倒事故の発生を知つたはずである。)、(転倒事故の発生を認識していた場合には)車を降りて自車の下の安全を確認した上で発進すべき注意義務があるのにこれを怠つたものというべきである。従つて亡隆が転倒するに至つた前示原因と被告石川の右過失の内容・程度とを比較衡量するならば、亡隆の逸失利益及び原告らの支出した葬儀費用の合計額金三六六二万二九四七円について五割の過失相殺をするのが相当と認められる(なお、亡隆がヘルメツトを着用していなかつたことと、加害車の下から自力で脱出できなかつたこととの間に因果関係を認めることはできない。)。
四 損害の填補
請求原因第3項(五)の事実は当事者間に争いがない。
五 弁護士費用
弁論の全趣旨によると原告らが弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任し、相当額の報酬の支払を約していることが認められるところ、本件事案の性質、事件の経過、認容額に鑑みると被告らに対して賠償を求め得る弁護士費用は原告和美については金三〇万円、その余の原告については各金一五万円が相当である。
六 結論
よつて原告和美の請求は不法行為による損害賠償として被告らに対し連帯して金三九五万五七三六円及び内金三六五万五七三六円に対する被告石川については昭和五七年五月三〇日から、被告会社については同月二六日からそれぞれ支払済みまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をなすことを求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、原告正、同倫子の請求は右同様に各自金一九七万七八六八円及び内金一八二万七八六八円に対する右各同日から支払済みまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡久幸治)